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音楽学習からずっぽり抜けている、音楽で一番大事なもの 2

前回、音楽学習の場で「人がどう感じるか」という概念がずっぽりと抜けているということをご説明しました。

k-yahata.hatenablog.com

では、そのことがどのような弊害をもたらすのかをもう少し考えてみましょう。

 

これは自分の体験からはっきりと断言できることですが、音大などの専門機関で音楽を学ぶと、音の奥にあるものが掴み辛くなります。

なぜなら、専門的な音楽学習の場では、徹底的に記号としての音楽を勉強させられ、さらにそれらを上手に扱うことで点数が付けられるからです。

スケールをすらすら弾ける、ヴォイシングをたくさん知っている、譜面をきちんと読み書きできる……そういったことのみが評価される場所に3年もいると、簡単に記号偏重、技術偏重のミュージシャンができあがります。

そこから抜け出すのは本当に難しいし、苦しいことです(僕はそこから完全に抜け出すのに10年以上かかりました)。

とはいえ、一般的には音大卒っぽい演奏(記号を上手に扱う演奏)は、狭い世界でそれなりに需要がありますから、抜け出す必要もありません。

 

さて、そうした「人がどう感じるか」を無視したまま音楽を学んできた人が、ミュージシャンとして仕事をし、それなりに地位を築いていくとどうなるか?

彼らの評価基準が説得力を持つようになります。

「○○音大卒、プロミュージシャンの△△氏」が評価する音楽、アーティストには、一般の音楽ファンの評価に比べ、一定の付加価値が伴ってしまいます。

そして、日本人の常として、そういう権威のある人が言っているものが正しいと思い込み、同業を志す者はその評価を盲信してしまいます。

ミュージシャンやキッズに多く見られる、記号の扱いが上手いだけのむさ苦しいおっさんが奏でるジャズやフュージョンが、アイドルやロックバンドよりも無条件に勝っているという考え方がそれです。

ここに欠けているのが、「人が聴いてどう思うか」です。

 

「人が音楽を聴いてどう思うか」

これは転ずれば「人は音楽の何を聴いているのか」ということです。

正解はあってないようなものでしょう。

しかし、不正解は存在します。

そのひとつは「記号」です。

そう、人は音楽の記号だけを聴いているのではありません。

記号も含めた、その奥にあるものを聴いているのです。

記号の奥にあるものとは、感情、エネルギー、若々しさ、男性・女性らしさ、老成、雰囲気、空気感、時代性、などでしょうか。

さらに言えば、ファッションやルックス、メディア展開など、視覚的な概念も音や記号にイメージとして絡んできます。

いずれにせよ、「記号」だけを聴き、評価しているリスナーは1割にも満たないでしょう(言うまでもなく、その1割はミュージシャンやキッズです)。

何度も言いますが、音楽学習の現場では、「人が音楽の何を聴いているのか」「人が音楽に何を求めているか」といった一番重要なことを完全に無視して、記号の職人的な扱い方だけを学びます。

ですから、そのまま世に出ても評価されません。

だって、世間の価値基準とは全く違うんですから。

そうして、音大を出たのに評価されないことがある種の矜恃にまでなり、さらに記号の世界に引き籠もってしまう……という人は世界中に沢山います。

もちろん、それで本人がよければいいのですが、ほとんどの人は、世間的な評価を求めて音楽をやっているはずです。

そういった評価が欲しければ、記号に引き籠もらず、音楽を学んでいる段階から、人(一般的なレベルの音楽好き)が何を聴き、どう評価しているのかを考えてみましょう。

スケールやらヴォイシングなんて後でいくらでも学べますから。

ミュージシャンになりたければ音大・専門学校は行くな!

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