人間がいるアドリブは楽しい。その逆は……

アドリブを習いにきている生徒さんは少なからずいて、そういった方々には、ざっくり言うと「人間的」な演奏をレクチャーしています。

記号の中に引き籠もらないこと、場を盛り上げること、呼吸すること、間を自然に取ること……などなど。

巷でもてはやされるテクニカルな演奏や、やたらと難解なアウト、どこで使うねん? といった複雑なヴォイシングなどは一切やっていません。

 

そうして、人間的な演奏を目標に演奏してもらうと、時折ぐっと熱がこもってき、それがこちらに伝わってきて楽しくなってくる瞬間があります。

まだ一瞬しかそうならない人、わりと長くそういった時間を作れる人、様々ですが、ある程度わかってくると、皆記号に引き籠もらず、人間を前に出せるようになってくれます。

そうした瞬間は、例え密室でのレッスンでも、心から音楽を楽しめます。

一方で、かなり弾ける人や、プロの人の合わせるのは、本当に苦痛です。

完全に記号に引き籠もっているので最初から最後まで無視されるし、こちらの演奏と全く違うことをぶつけてきたり、脈略のない記号をただ垂れ流しているように僕には聞こえます。

また、多くの人は(恐らく無意識でしょうが)「俺のほうが弾けるんだぞ」といった空気を出してきます。

だから気持ちが全く盛り上がらないし、かなり最初の段階でもう弾くのが嫌になってきます。

確かに、弾いている内容は複雑で上手なんでしょうが、相手を嫌な気持ちにさせる音楽っていったい何なんでしょうね?

さすがに面と向かってそんなことは言いませんが(言って欲しい人には言えますけど)。

アドリブって何なんでしょう?

 

僕にとっては、人が集まってみんなで楽しむもの、です。

そして、弾いている最中や、終わってから、良い気分にならないと意味がないと思います。

巷で見聞きするアドリブで、僕は良い気分にはなれないし、楽しめないので、もう外でやる気はさらさらありません。

それなら、教室で僕に習いたいという人に人間的なアドリブを教えて、セッションをする方が全然楽しいです。

 

一通り記号を扱えるようになった人は、今度は「人間」を主題としてアドリブをやってみるとまた違った景色が見えるのではないかと思います。

共演者の発している記号に自分の記号を合わせるのではなく、共演者という人間に、自分という人間が合わせるのです。

それを訓練していくと、今までとは全く違った価値観で演奏することができるようになりますし、記号がどれだけ下らないものかがよく分かってきます。

リスニングも同じです。

音の奥にいる(はず)の人間を聞くようにすると、アーティストの好みはがらりと変わってきます。

結局、やっぱ昔の人の演奏はいいなあ、となってくるでしょう。

ギタリストのためのアドリブの入り口 ゼロから始めて誰でも学べる画期的アドリブメソッド

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