絶望は単なるチャンスでしかない

何かを練習していて、あまりにも成果があがらず絶望したとします。

おおかたの人はそこでもう諦めるでしょう。

それではあまりにももったいないです。

なぜかというと、絶望はアプローチを切り替えるチャンスでしかないからです。

何かを何らかのアプローチで練習して、絶望するほどできなかったら、それは単にそのアプローチがダメだったということです。

ですから、それをやめてさっさと次のことをやればいいだけです。

絶望とは、そのシグナルにすぎません。

それまでやってきたことは、先日ご説明した「失敗のストック」としてきっちりまとめて自分の引き出しに入れておけばいいでしょう。

k-yahata.hatenablog.com

人が絶望にかられて何かをやめるとき、必ずどこかに悲劇の主人公的なナルシシズムが潜んでいます。

こんなに頑張ったのに報われない自分、嗚呼、ギターなんて弾かなければよかった、出会ったのが間違いだったんだ……

SNSにポエムを書き出すのは時間の問題ですw

と、こういった自分を「俺、なに悲劇の主人公気取ってんの?ダサ……。はい、次いくでー」と自分であっさり切り替えられるぐらいになりたいものです。

何かに行き詰まる度にひとりメロドラマに突入してしまうと、疲れてしょーがないですし、廻りもいずれ呆れてなぐさめてくれなくなるでしょう。

 

何かが絶望的にできないのは、単にやり方が悪いだけです。

ですから、さっさとやり方を変えましょう。

嘆くのは時間の無駄です。

【広告】.

 

合わせて読みたい

k-yahata.hatenablog.com

k-yahata.hatenablog.com

k-yahata.hatenablog.com

【広告】