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練習の目的は上達することではない 練習の真の目的は過程を検証すること

練習の目的は上達することではありません。

また、上達を目的とした練習は必ず頓挫します。

 

まず、上達を目的とした場合、人は必ず近道を探そうとします。

そして、中身の薄い、できた風な練習を選択してしまいます。

だって、その方が楽で結果も出たことになりますから。

 

また、上達が目的である場合、その「上達」のレベルを自分の都合で下げてしまいがちです。

そうして早々と満足してしまい、それ以上先に進む気がしない、ということが多々あります。

練習の本来の目的は何なんでしょうか?

僕は「過程の検証」であると思います。

ある目標に対し、どういった過程を経たら到達できるのか、あるいはできないのか、それを検証することが練習の目的です。

例えば、テンポ200で16分音符で弾けるようになりたい、という目標があったとします。

その目標に到達するために様々な練習を行います。

上達さえすればいいというスタンスの方は、結果的に目標テンポで弾けるようになったらそこで満足し、練習内容をかえりみるということはあまりしないでしょう。

また、自分が本当にリラックスして弾けているのか批判的に検証することもないでしょう。

弾けることが目的でその目的が適ったのに、わざわざそれを否定するようなことをする人はまずいません。

 

弾けるようになったのなら、今はそれでいいかもしれません。

しかし将来的に何かが原因でスランプに陥ったとき、過程を検証していない人は、「これを練習したからこれができた」という方法論を持っていないので、改めて何をやったらいいか分からず、なかなかスランプから脱出することができません。

一方、練習の過程に重きを置いていたとしたらどうでしょう?

恐らく、ひとつひとつの練習には時間がかかるし、きっちり検証するためにもしかしたら間違った方向に進むこともあるのかもしれません。

その分ひとよりも上達は遅いでしょう。

しかし、そうやってひとつひとつの練習をきっちり検証していくと、それぞれの練習の効用がはっきりします。

これをやったからこの技術が身についた、これをやると腕が痛くなる……などなど。

一般的にこういった練習は遠回りだとされ、敬遠されます。

しかし、こうやってひとつひとつの練習を検証していくことで、自分の中に方法論が蓄積されていきます。

それらの蓄積は、将来的に何かがあったとき、必ず役に立ちます。

 

上達が目的の方は、最善の方法論ひとつしか知ろうとしません。

ですから、一見上達は早いように見えますが、長い目で見ると必ずどこかで伸び悩んだり、あるいは潰れてしまいます。

楽器にしてもスポーツにしても、やたらと要領のいい人って、最初こそ華々しいけど、長く続けているといつの間にか平均レベルになっていた、あるいは消えていたというケースが多いのではないでしょうか。

そうならないためにも、上達それ自体を目的とするのではなく、そこに至る過程をきっちり検証し、良いものも悪いものもちゃんと消化して、自分の糧としましょう。

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