物事を続けるのにやる気はいらない 大事なのはやる気ではなくやっているかどうか

僕は昔からよく「やる気なさそう」と言われてきました。

しかし、ギターはもう22年ぐらい弾いていて仕事にもしていますし、5年、10年続けた習い事もたくさんあります。

思い返してみると、ギターや習い事に対して「やる気」があったかというと、別になかったかなと。

やる気があったのではなく、やっていた、気がつけばやり続けていたというだけです。

 

「やる気」というのは、「やろうという気持ち」です。

この気持ちが大事だと世間では言われていますが、本当にそうでしょうか?

「やる気を出す」というのは、かなりエネルギーを要する行為であり、「やる気」がある状態は、日常よりもスペシャルな状態です。

その状態でなければ練習できない、習い事に通えないというのは、かなり危険ではないでしょうか?

やる気があるうちはいいかもしれませんが、どこかで気持ちが切れたら終わりです。

そこからまたやる気を出して再出発するためには、さらに強いエネルギーが必要となります。

そんなエネルギーを維持し続けられますか?

僕は無理です。

だから、「やる気」という得たいの知れないものは無視して、淡々とそのことをやります。

それを客観的に見ると「やる気がない」ように見えるんでしょう。

 

「やる気」を出して何かをするということは、ある種気分に任せた賭けみたいなものではないでしょうか?

出せれば幸い、でも出るかどうかわからない、出てもいつまで続くかわからない……。

そんなものを頼りにして何かを続けても、必ず行き詰まってしまいます。

 

「やる気」がなさそうに見える人、あるいは本当にそういった情熱がない人は、意外と物事が続きやすい傾向にあると思います。

それは普段に近い状態で行っているからでしょう。

だからいちいち気持ちを高めなくても練習できるし、教室にも普通に通えるんだと思います。

その結果、いつの間にか上達しているというわけです。

何かを練習したり教室などに通っている人は、やる気なんぞ出すのをやめましょう。

疲れるし、いつか必ず気持ちは切れてしまいます。

そうではなく、今行っていることをもっと当たり前に習慣化するよう心がけましょう。

 

あと、せっかく何かを継続している人に対して「もっとやる気出せ」というのも僕は反対です。

そもそも、継続しているという時点で成功ですし、さらに「やる気」を出さなくてもできているということは、その人の中できっちり習慣化できているということです。

これは「やる気」を出さないと継続できない人よりもはるかに高いレベルで物事を行っている証拠です。

そんな人にさらに「やる気を出せ」と言うと、恐らく混乱させてしまうでしょう。

もちろん、やる気なさそうでさらに練習もしていない、教室も休みがちであれば問題ですが、やる気なさそうに続けている人、一見楽しくなさそうだけど何故か続けている人はそのままそっとしておいてあげるのが一番です。

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