二元論的練習をやめよう 「できた」はいずれ「できない」になる

ギターのような若い楽器の練習法には、二元論がはびこっています。

いわゆる、「できる、できた」と「できない」です。

このエクササイズが弾けるか、メトロノームからずれずに弾けるか、毎日5時間練習できるか……。

こういう考え方をしていると、必ず「できる、できた」が成功だと勘違いしてしまいます。

しかし、長年楽器を弾いているとそうではないということが分かってきます。

例えばある楽曲を最後までミスなしで弾けたとしましょう。

若いうちは、それで「できた」と思い込んでしまいますが、もう少し年齢を重ね、耳が肥えてくると「いや、本当にできているのか?」と思えてきます。

また、メトロノームのような数学的なタイムに合わせることが絶対ではないということもわかってきます。

そうなると、矛盾が生まれます。

 

ミストーンはない方がいい、でもミストーンを出さないことよりも大事なことがある。

 

メトロノームにぴたっと合わせられないといけない。でも、それだけではいけないし、それが不正解になることもある。

 

二元論では、この矛盾を受け止めきれません。

 

「できる」はいずれ「できない(できていなかった)」になるし、「できた」はどこかで必ず無価値になります。

ですから、最初からそういった二元論を捨てて、価値がわからない状態でずっと悩んでいるのが意外と正解だったりします。

と、この「正解」というのも二元論だったりするんですが…

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