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「弾けない」の中にあるもの

例えばあるフレーズがあって、ほとんどの人はそれを「弾ける」「弾けない」という二元論しか持ち合わせていません。

しかし、ある程度楽器が上達すると「弾ける」にもいろんな段階があることが分かってきます。

弾けていたと思っていたものが、認識が上がったせいで「弾けていなかった」と改めて判断するケースがでてくるからです。

しかし、「弾けない」の中にあるものに気づける人はなかなかいません。

「弾けない」がいつまでも、単なる「弾けない」である人がほとんどです。

これではもったいない。

 

「弾けない」の中には、宝の山が埋もれています。

「弾ける」は幻想であるケース、あるいは、将来的にそれを否定するケースが多いですが、「弾けない」には、今自分が取り組むべき課題が詰まっています。

それは、掘り下げていけば、自分が持ち合わせている根本的な問題に突き当たることもあります。

そしてそれらに取り組み、乗り越えたとき、ただ「弾けた」だけではない根源的な成長が得られる可能性があります。

一般的には、「弾ける」こと、「できる」ことを広げていくことが成長だとされていますが、それは逆です。

「弾けない」「できない」を掘り下げていかないと成長しません。

そして、目的は「弾けた」ではなく、その掘り下げる作業そのものです。

そこにある宝の山を素通りするのはあまりにももったいない……と僕は思うのですが、

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