タイムを信仰するな! タイムの正確さは表現の選択肢のひとつに過ぎない

音楽をかじっている人に多いのが、まるでタイムを宗教のように信仰している人。

そういう人は、ちょっとでもタイムがぶれた演奏を聴くとすぐそれを指摘します。

誤解を承知で言うと、ドラマーにこういう人が多いです。

音大時代に皆で集まって話している中、流れていた音楽に合わせて僕が無意識に拍を取っていると「それ、ずれてるよ」とドヤ顔で指摘してくるドラマーがいて、なんだこいつと思ったことがありました。

 

僕は冒頭で、「音楽をかじっている人」と書きました。

というのは、ミュージシャンは普通音楽への認識が深まるにつれ、タイムというものを絶対視しなくなってくるからです。

少なくとも15年以上楽器を演奏している人は、メトロノームにかっちりと合った演奏が絶対的にいいとはまず言いません。

かといって、かっちりしたタイムを否定もしません。

メトロノームにかっちりと合った演奏はタイムの選択肢の一つ、グルーヴの選択肢の一つという認識になってくるからです。

できるかどうかはまた別として。

 

こういったことは、楽器を初めて4~5年ではなかなか理解できません。

だかられっきとした基準が存在するタイム(メトロノームに合わせる)を信仰してしまうのでしょう。

それだと誰でも理解できますからね。

一方、突っ込んだりモタったりするタイムは、ジャンルによって基準や善し悪しが変わってくるので、それぞれのジャンルをかなり聞き込んだり練習しないと理解できません。

しかし、一般的にいいとされる演奏だったり、歴史に残る名演はほとんどがかっちりしない方のタイムで演奏されています。

そちらの方がグルーヴも生まれやすいし、伸び伸びプレイできます。

だから僕はメトロノームを絶対視せずに、自分のタイムで伸び伸び演奏することをすすめています。

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