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自分の音をよく聴くということについて

「自分の音をよく聴いて」というアドヴァイスがありますが、そのことについて再考してみたいと思います。

 

楽器の演奏は、必ず次の手順を踏まえることとなります。

 

1:意志

 これから弾く音をイメージ。

2:運動

 そのイメージを具現化させるための運動(指などを動かす)

3:発音

 その結果として音が出る。

 

1、2は発音の前に行われる作業です。

そして、運動(ギターならピッキングなど)が終わり発音された時点では、演奏者はもう次の音をイメージし(1)、それを発音するための運動(2)が始まっています。

曲が終わるまでは、このように、常に次に発音する音を追っかけている状態です。

さて、ここに「演奏中の自分の音をしっかり聴く」という概念が入ってきたらどうなるでしょうか?

頭と体はこれから発音する音を追っかけており、さらに、既に発音された音の確認作業まで加わってしまいます。

こういった余計な作業が加わることで意識が分散され、思い通りに演奏できなくなる可能性が高くなります。

 

しかし、自分の音を聴くことがそんなに余計な作業なのでしょうか? 

むしろ最も重要なことじゃないの? 

そう思う方もおられるでしょう。

極論すれば、本番中に自分の音を聴くことは余計な作業だし、ほとんど何の意味もありません。

そもそも、自分の音を聴いてどうしたいのでしょう?

音は一度発せられたら、本番中はもう取り返しがつきません。

それをよく聴いて、いったいどうしようというのでしょう?

取り返しがつかないことに対し神経を使うぐらいなら、次に発音する音をより鮮明にイメージし、それを具現化させるための身体操作に集中するべきではないでしょうか?

これが自分の音を聴いてはいけない(聴く必要がない)理由です。

 

本番中に、ミストーンに何らかのリアクションをする演奏者よりも、それらを一切無視してひたすら弾いている人の方がいい演奏をしていることが多いです。

それは、意志→運動→発音の手順が滞りなく流れており、そこに余計な作業が含まれていないからでしょう。

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